
Arts Managerを志すwackyのロンドンからの徒然メモ
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Have a dream or not, those that are enjoying life are the strongest. (夢があろうとなかろうと、楽しく生きている奴が最強。) PR |
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というのは大げさですけど、
24歳を迎えてですね、色々想いを馳せてみました。 どんな人生歩みたいか。 そりゃ、音楽に囲まれて、あははと大口を開けて笑えて 美味しいものと素敵な人々に囲まれて、温かい時間を送りたい。 死ぬときに「ああ、良い仕事した」とか「楽しい人生だった」って思える人生がいい。 どんな大人になりたいか。 人の痛みがわかる人間。 感謝のできる人間。 おごらない人間。 向学心につきない人間。 心豊かな人間。 世の中には富や名声、ステータスに惑わされて、そういうことでしか他人をジャッジできない人がいる。寂しい人たちだと思う。お金がないから、高等教育を受けてないから、それだけを理由に他人を見下す人は貧しい人だと思う。 私は、私。 今は何もできない。 何もする力がない。 でも、いつか私にしか出来ないことをやる。 どんなことでもいい、私の生み出すものが皆の笑顔になるなら、どんな努力も惜しまない。 だから、今日を精一杯に。 明日、後悔しないように。 1年後に後悔しないように。 今あることは「永遠」じゃない。 良いことも、悪いことも。 Nothing is forever. 過去の私を、今の私に。 今の私を、未来の私に。 遠回りでもできることから、少しずつ。 24歳、がんばります! |
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2007年3月29日(木)
19:30開演 バービカンホール Stravinsky Symphonies of Wind Instruments Debussy La mer Prokofiev Seven They are Seven Debussy Prélude à l'après midi d'un faune Stravinsky The Rite of Spring London Symphony Orchestra Valery Gergiev conductor * * * * * ストラビンスキーに始まって、ストラビンスキーで終わるプログラム。 LSOのダイナミックさと繊細を一夜にして堪能した演奏会でした。 |
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今日、ピアノ弾いた。
半年ぶり以上にピアノに触った。 最初、弾くまで、怖かった。 電車の中でも緊張してた。 指、動くかな? まだ暗譜できてるかな? 手はもちろん鈍ってた。 重いし、鈍い。 モーツァルトなんかは絶対無理。 でも、身体が覚えてた。 ピアノってこんなにおもしろかったっけ? 毎日弾けたらどんなにか素晴らしいのにって思った。 気づいたら、4時間経ってた。 今まで半防音室で好きなときに好きなだけ弾けた環境にいた。 ピアノだけに集中出来る環境にいた。 でも、怠けて、それに甘えて、なにも努力しなかった。 今更、いっぱい悔しいと思う。 自分に悔しい。 もっとピアノ弾きたかった。 先生、ごめんなさい。 ぜーんぶ無駄にしていた。 母さん、ごめんね。 |
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2007年3月25日(日) 19:30開演 バービカンセンター Dvorák The Golden Spinning Wheel Berg Violin Concerto Dvorák Symphony No 9 ('From the New World') violin:Frank Peter Zimmerman conductor:Daniel Harding London Symphony Orchestra * * * * * 春がきました。 そういう演奏でした。笑 特に、 The Golden Spinning Wheel。サワヤカな風がビュンと吹いて行きました。 ベルグのヴァイオリン協奏曲は、本当にオモシロい。 ベルグのピアノソナタも面白いと思ったけれど、オケになると、音色が豊かになる分、本当にぐんと面白い。もちろん20世紀以前の西洋和声法にのっとったハーモニーではないけれども、かといって完全無調でもない。ミサ音楽のような洗練ささえもある。 そして、本日の目玉「新世界」。 いつもクーベリック指揮ベルリンフィルの演奏ばかりをCDで聴いてきたせいか、とても新鮮に聞こえた。特に、2楽章は、語りかけるような心地よい遅さだった。ちょうどひとつひとつフレーズごとにキッチリ深呼吸しているようなゆったり感。たぶん、今まで聴いた2楽章の中で一番遅いテンポだったと思う。がらっと変わって3楽章。ハーディングの「新世界」は横に流れる力が強いように感じた。 でも、どうしてあの2楽章の有名なメロディを聴くと、何とも言えない安堵感を覚えるんだろう。日の出とも言えず、入り日とも言えず、心がどんどん澄んでいく音楽。 4楽章は、待ってましたの「con fuoco」。熱狂する音楽の嵐。金管による力強い旋律に、踊りだしたくなるような弦によるテーマ。最後の圧倒的なリフレイン。人間はなす術もなく、ただただ音楽に飲み込まれる瞬間。最高! 高校生の頃、1ヶ月誤差ぐらいで、フィラデルフィア×サヴァリッシュ、チェコフィル×アシュケナージで同じように「新世界」を聴いた。同じホールで、同じ編成のオーケストラ。でも、根本的なものが違った。何が違うって、音楽にながれる「血」が違う。フィラデルフィアは、アメリカ的な底抜けた明るさと奔放さが音にあった。チェコフィルには、土臭いでも懐かしい音があった。どっちが良いわけでも、悪いわけでもない。指揮者の解釈の影響もあると思う。でも、同じ「作品」なのに、こうも違う「音楽」になるんだとそのとき初めて知った。 "Every nation has its music. There is Italian, German, French, Bohemian, Russian; why not American music? The truth of this music depends upon its characteristics, its colour. I do not mean to take these melodies, plantation, Creole or Southern, and work them out as themes.... But I study certain melodies until I become thoroughly imbued with their characteristcs and am enabled to make a musical picture in keeping with and partaking of those characteristics." --- Antonin Dvorak 音楽って、良い。 私もピアノ、復活しよう。 |
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エッセイ地獄最終夜、誕生日をこっそり迎えました。
生まれて初めて、誕生日完全独り。 寂しい。 ハッキリ言って、ダメージ大きいです。 精神的に非常に宜しくありません。 この1年、これ以上の孤独と隣り合わせなのか… 幸先悪い1日でした。 2本あるエッセイのうち1本を無事に出して、夜は気分を高めるためにLSOxHardingのマラ7を聴きに出かけました。が、逆効果。マーラーに打ちのめされました。 連日徹夜に近い数日をすごして、疲れもピーク。 日本のトモダチから、ビックリプレゼントが届くものの…涙。 母親からも自由に使いなさいと超現実的なプレゼントも。 でも、何をしようにも「独り」だと思うとヤル気でず。 ボヤいていてもしょうがないので、残り1本のエッセイを最終チェックをして1時就寝。翌日は午前中から起動開始で、午後はクラスメイトのランチタイムリサイタルへ。また、このリサイタルが宜しくない。本当に。 今まで、こんなに生きていてピアノが家にない生活をしたのは初めてです。 はっきりいって苦しい。 その後は、春学期&今学年度最後の授業へ。先週のライティング試験が返される。1stまで3足りなかった…くやしーーー。でも、授業後、先生と皆でパブへ。3〜4時間まったりとしてバイバイをする。 翌土曜日は、ちゃんと誕生日をやろうと、飲めないのにciderなんかを買って、ちゃんとしたチキンと野菜ローストの夕飯を作る。でも、独りで食べても味気ない。今日買ったケーキもそう。どんなに美味しいものでも、独りじゃ全然美味しくない。 |
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2007年3月22日 19:30開演 バービカンホール Rameau Dances from Hippolyte et Aricie Mahler Symphony No 7 conductor: Daniel Harding London Symphony Orchestra * * * * * えーと。 前半のラモーは、場外で聴きました。 大学で粘りすぎて、遅刻…。反省。 マラ七は、初めて頭から集中して聴きましたが、マーラーって派手だ。 派手と言うより、艶やか。 圧倒的な「華」が目の前にどーんとやってくるような音楽。 もちろん、短調だから、どんより感はあるけれど、でも、「華々しい」。 ハーディングが指揮をふるLSOは、いつもと弦楽器の配置が違うので、音が違う波でやってきます。ハーディングは、踊るように指揮を振る。というと語弊があるけど、モニターでラモーをふる彼は、魔法使いのようでした。一振りで、きらっとした音が、二振り目は、全然色の違う音。虹が生まれでてくるような指揮です。 |
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16日はコミック・リリーフの日です。 http://www.comicrelief.com/ こちらイギリスでは、もはや社会全体をあげての「event」です。BBC Oneも7時から深夜3時まで生放送で特集番組を、BBC Radio 1では私の大好きな朝のDJ、Chris Moylesが「Rallyoke」を1週間にわたって行いました。ラリオケ一連イベントで集まった募金総額約600,000ポンド。モイルズと出演者たちが移動する飛行機や電車内乗客からの募金。電話に寄る募金。会場での募金。募金された方法は様々…。でも、人々がちょっとだけ「others」に思いを寄せて、行動に移す。これって素敵なことだと思いませんか? * * * * * Comic Reliefとは、文字通りにしてしまえば、「笑いで救う」なんだけれども、本当はチャリティーのshowなどで、コメディアンや有名人たちが「世界を救おう」と募金を呼びかけるチャリティ週間。集められたお金をアフリカや世界で苦しむ人々の生活改善に役立てようというのが目的。 今まで、音楽なんかをのほほんと平和に日本でやってきて、好きなことが出来て、好きな音楽に囲まれて、それが当たり前だと思ってきた。少なくとも、これからの私の人生が突如変わらない限りは、今の水準のまま歳を取って行くんでしょうね。 でも、大切のは世界を知ること。それで、自分がいかに恵まれていて、どれだけ「今」に感謝すべきなのか気づく。私自身の力はささやかだけれど皆と協力することで、大きな大きなstreamを作ることが出来、世界に貢献することが出来る。これって本当に「人間だから出来ること」だと思う。動物だって、お互いを支え合って生きてるだから、それが人間に出来ないのはおかしいと思う。 アフリカのスラムの特集を見て、涙するひとは多いと思う。HIV孤児や親戚中がHIVポジティブな人々。マラリアが充満するタンザニアに住む人々。学校も無い。薬も無い。食べるものも無い。満足な家も無い。家だって、トタンの屋根に土壁だけ。寝るのも10畳も無い場所に14人がシートをひいて、重なるように寝る。赤ちゃんにあげるミルクもなく、水を与えるので精一杯。そして、5秒に1人の子供が助かる術も無く死んでいく。 内戦がやっと終わって、でも家も街もめちゃくちゃで、唯一確実に手に入る食料は、WFPが支給するトウモロコシだけ。今でも内戦で苦しむ国はいっぱいある。「〜人だから」というだけで、いつ殺されてもおかしくない。明日生きてるなんて保障はない。音楽なんて、そんな世界には介在しないんだろう。 そんな生活が世界にはある。そして、そんな世界でも人々は明日を待ち望んで、生きている。なんだか、愕然とする。 http://www.wfp.or.jp/gallery/photo.php?year=2006 お金をあげることだけが、全ての解決法になるわけじゃない。でも、私たちが出来る一番簡単な方法は、募金。ちゃんとした機関を通じて募金することで、そのお金が彼らに還元されて行く。 まずは、直接的な支援。医療支援や食料支援。中期的支援としては、技術支援と人材支援。そして、長期的支援としての無償教育と学校の開設。これで、より明るい社会を築くための素地作りと人材育成ができる。そして自分たち自身で国を作っていくための「国力」がつく。 We have the power to save people. We have the power to change their life. We have the power to make them smile. だからといって、皆に「募金」を強要したいわけじゃない。現に、私だって、comic reliefキャンペーン商品は買ったけど、直接募金したわけじゃない。元来ユニセフ派なので、募金はしなかった。でも、飛行機に乗るたびにちょこっとだけどお財布にある小銭を[Change for Good]に全部おいてくる。200円で6〜10人が暖かく眠れる。500円で、60人にワクチンが打てる。自分が「ええかっこしい」になりたいわけじゃない。だって、こうやって小銭を差し出すことしか、今の私には出来ない。ただの自己満足だけかも知れない。でも、私は自分の立場に感謝したいだけ。自分がいかに「幸せ」でいるか。あーあ。 いつか、「音楽」を通して、こういうチャリティに関わりたい。バレンボイムのように「音楽」で世界平和に従事出来たら、素晴らしい。 ひとりがみんなのために みんながひとりのために みんながみんなのために |
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最近、改めて自覚したこと。
1)「ちゃくちゃく」と「計画的」にできないこの性質。 2)想像以上に学歴コンプレックスが強い。 いま、文字にすると「うりゃうりゃうりゃー」という勢いでエッセイ(論文)をやっております。今更、あれもこれもとリサーチを始める戯け者でございます。 ともあれ、提出期限まで1週間。 half way through1本+丸々1本。 もう怠ける時間は残されておりません。 真面目にやります。 じゃないと、proof readingにも間に合わない。 そんなに危険な賭けが出来るほど、英語が達者ではないのは私自身が痛いほど承知しています。 断固気合いで乗り切ります。 これが終わったら、イースター休暇! ま、休暇明けに修論提出があるので、休暇じゃないですけどね。 そんなことは、いーんです。 気持ちの問題。 |
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If one does not know to which port one is sailing, no wind is favorable.
「いかなる港を目指すかを知らない者にとって、いかなる風も順風になり得ない。」 Lucius Annaeus Seneca ルキウス・アンナエウス・セネカ |
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